クリエイターインタビュー
笑女歌劇団ヒミツノミヤコ
音楽、芝居、アート、グッズ。仲間とともに作る“宴”という国

バンドなのか。
劇団なのか。
それとも、ひとつの国なのか。
大阪を拠点に13年活動を続ける「笑女歌劇団ヒミツノミヤコ」を、ひとつの言葉で説明するのは難しい。
音楽がある。
芝居がある。
衣装がある。
絵描きや役者、さまざまなアーティストとの共同制作がある。
さらにメンバー自身も、アイドル活動、作曲、脚本、プロデュース、ハンドメイド、場づくりなど、それぞれの場所で活動している。
そして、それらがすべて集まった時、ヒミツノミヤコでは「ライブ」ではなく、“宴”が始まる。
今回のZEAMI Goodsクリエイターインタビューに登場してくれたのは、団長・ボーカルのぼけちゃん、タンバリン・ボーカルのひまわりまい、ドラムのこたにゃん。ギターのキャプテン・チャビは今回欠席。
さらにゲストとして、ヒミツノミヤコの世界を血糊表現や舞台装飾で支えるアーティストもみじも参加してくれた。
聞き手はZEAMI Goods代表・横山。
2026年10月26日に控える梅田クラブクアトロでのワンマン宴を前に、ヒミツノミヤコとは一体何者なのか。
なぜ、これほど多くの人を巻き込みながら作品を作るのか。
そして、グッズとは彼らにとって何なのか。
話を聞いていくと見えてきたのは、単なるバンド活動とは少し違う、壮大で自由で、そしてかなり人間くさい“建国”の物語だった。
約16,000字のロングインタビュー! ぜひ最後までお楽しみください。
クリエイタープロフィール
笑女歌劇団ヒミツノミヤコ
大阪を拠点に活動するメンヘラポップの音楽・演劇・アート集団。ライブを「宴」と呼び、音楽、芝居、衣装、美術、グッズ、さまざまなクリエイターとの共同制作を通して独自の世界を作り続けている。

ぼけちゃん
団長・ボーカル
作詞・脚本・演出・世界観づくりを担い、ヒミツノミヤコという“国”を牽引する中心人物。

ひまわりまい
タンバリン・ボーカル
ソロでのアイドル活動やハンドメイド制作も行い、さまざまな場所からヒミツノミヤコの世界を広げている。

こたにゃん
ドラム
作曲・アレンジにも深く関わり、ヒミツノミヤコの音楽面を支えるキーパーソン。

キャプテン・チャビ
ギター
ギターと楽曲制作でヒミツノミヤコのバンドサウンドを支えるメンバー。今回のインタビューは欠席。
ゲスト

もみじ
血糊アーティスト/俳優/虚構作家
血糊表現や空間装飾を通して宴の世界観を拡張するクリエイター。今回の衣装では「生きている命」を象徴する赤の表現を担当。
インタビューアー

横山 大地
ZEAMI Goods 代表
ミュージシャン/エンターテイメントプロデューサー/写真家/写真講師/ギャラリーオーナー/パフォーマー
アートや音楽に関するモノ作りを中心に幅広く活動を行う
「統一できていない」ではなく、「統一していない」

まず最初に、ヒミツノミヤコを初めて知る人に向けて聞きたいんですけど。
ヒミツノミヤコって、一体何者なんですか?
バンドなのか、劇団なのか、国なのか、思想なのか。

これはたぶん統一された認識がないんじゃないかなと思っていて。
「統一できてない」ってことじゃなくて、統一をしていないという方が近いです。
ヒミツノミヤコの中でもそうだし、お客さんの中でもそう。
ぼけちゃんがやりたいこととか思想は、みんな知ってくれてるんですけど、そこにそれぞれの解釈が加わってくる。
だからぼけちゃんのことを「バンドマン」だと思ってる人もいれば、「弾き語りの人」だと思ってる人もいるし、いまだに「メイドさん」って言う人もいる(笑)。
絵の展示で知ってくれた人もいるし。
人によって、ヒミツノミヤコの見え方とか、ぼけちゃんの姿そのものが変わるんですよ。
ぼけちゃんは、それでいいと思ってます。

そのバラバラ具合がちょうどいい?

そうですね。
統一されてしまうと、決まったものしか生まれなくなる気がして。
もちろん、統一された世界観の良さもあると思うんですけど、ぼけちゃんは自分自身がびっくりしたいんですよ。
「えっ、君の中ではヒミツノミヤコってアイドルなの?」みたいな(笑)。
その驚きが面白い。
だから役者さんとか作家さんとか、メンバー以外の人と一緒に何かをするときも、「コラボ」という言葉とも少し違うんです。
「一緒にヒミツノミヤコを作りませんか?」
みたいな感覚。
いろんな人の、いろんな思想が混じり合ってこそ、国になるんじゃないかなと思っていて。
質問に答えるなら、ぼけちゃんはヒミツノミヤコを「国」だと思っています。
「チームは拠点であって、縛りではない」

僕は好きな言葉があって。
「チームは拠点であって、縛りではない」
っていう言葉なんですけど。
これ、すごくヒミツノミヤコに近いなと思ってます。
例えば、自分の家って拠点じゃないですか。
でも、お金持ちになったら白浜に別荘を作ってもいいし(笑)、推しのツアーで札幌に2泊3日で行くなら、そこにも一時的に拠点を作れる。
拠点って広げられるんですよね。
その中で「自分のホームベースはここ」っていうものがある。
ヒミツノミヤコも、僕にとってそういう場所です。
僕が加入する前からヒミツノミヤコの歴史はあるし、僕も今ではその歴史の3分の2くらいはいるんですけど、それでも僕がいなかった時代からずっと続いているものがある。
今のものづくりも、昔やってきたことを全部無視して突然別のものを持ってくるわけじゃない。
ちゃんとヒミツノミヤコとして積み重ねてきた歴史を使って、新しいものを作っていく。
その意味でも、拠点なんです。
でも同時に、縛りではない。
今なら「梅田クラブクアトロを成功させるぞ」という目的がある。
その目的に対して、柔軟にいろんな選択肢が取れる。
外へ出向くこともできる。
そういうフットワークがあるのは、ヒミツノミヤコが良い意味でひとつに固まりすぎていないからだと思います。

「国」っていう言葉は、いつ頃から明確になってきたんですか?

ここ2年くらいですね。
昔から曲名とか歌詞の中に「国」っぽい言葉は出てきていて、兆しはあったんですけど。
ここ2年くらいで「この人たちは、自分たちの理想を国と呼んで、建国を目指しているんだ」と言語化できてきた。
前のアルバムも『建国ノススメ』ですからね(笑)。

なるほど。新しい概念が生まれたというより、今までやってきたことに言葉が追いついた。

そうですね。
10年前に生まれた「ミヤコ民」が、今になって伏線回収される


ファンのことを「ミヤコ民」って呼んでるのは、かなり前からですよね?

10年くらい前からですね。
最初は全然深く考えてなかったんですよ。
昔は「ヒミツノミヤコ」もカタカナだけじゃなくて漢字で「都」って書くことも多くて。
東京都の「都民」ってあるじゃないですか。
「ファンネームつけるなら、ミヤコ民って響きも可愛いし、字面も可愛いな」
くらいの感じ(笑)。
でも、そういうのがすごく多いんです。
始めたばかりの頃、何も考えずに直感で決めたものが、何年も経ってから、
「あれ、これ今の“建国”につながってるじゃん」
ってなる。
意図していない伏線回収みたいな。
ぼけちゃんは、今までやってきたこと全部が、ちょっと臭い言い方ですけど、何かに導かれて歩いてきたような感じがしていて。
だから「建国したい」というより、
建国できることは決まっていて、そこに向かって歩いている
みたいな感覚なんです。
最初のコンセプトは「地球で友達をたくさん作ること」

一番最初の設定は、ぼけちゃんたちが「ヒミツノミヤコという星から地球にやってきて、たくさん友達を作る」っていうものだったんです。
その頃は、みんなヒミツノミヤコ星人で。
地球に来て友達を作る。
それが最初のコンセプト。
だから、お客さんとの距離感も、たぶん他のバンドより近いんです。

ファンというより、友達なんですね。

そうです。
そこはずっとブレてないです。
大きくなろうが、そこだけは絶対にブレない。
新しいメンバーが入ってくる時も、外の人が関わってくれる時も、最初にその距離感について説明します。
そこを理解して、「それいいね」と思ってくれる人じゃないと、一緒に国を作るのは難しい。
唯一の条件に近いかもしれない。
ライブではなく「宴」――お客さんがいなければ成立しない


その流れで、「宴」について掘り下げたいです。
ヒミツノミヤコはライブではなく「宴」と呼んでいますよね。
そもそも宴って何なんですか?

ライブって、よくバンドマンの人が言うみたいに、お客さんが1人でも成立するし、極端な話、お客さんがいなくても演奏すればライブになると思うんです。
でも、宴は絶対無理。
お客さんがいなかったら成立しないんです。
ぼけちゃんの中では、ステージ上だけがステージじゃなくて、その空間全部がステージなんですよ。
宴の最中にぼけちゃんが、いわゆる客席の方へ降りていくこともあるんですけど、自分では「降りてる」という認識があんまりなくて。
ただ近づいてるだけ。
宴はミヤコのメンバーだけが作ってるものじゃなくて、その空間にいる人全員が一緒に作っている。
「ミヤコ民にも同じ量の責任を求めています」


で、これはミヤコ民からも「それは違うでしょ、ぼけちゃん」って言われることあるんですけど……。
ぼけちゃん、ミヤコ民にも同じ量の責任を求めてるんですよ。

責任の量が重いな(笑)。

その日の宴が120点になるか、60点になるかって、私たちだけの責任じゃないと思ってます。
みんなに責任がある。
コロナ禍でライブができなくなって、しばらく声出しもできなかったじゃないですか。
やっと声が出せるようになった頃に東京で宴をやった時、曲間に掛け声みたいなものがあって。
コロナ前はメンバーだけで言ってたんです。
でもその日は、フロアのミヤコ民が私たちよりデカい声で言ってくれて。
その瞬間、
「うわ、150点超えた!」
って思った。
スポーツしてるみたいな気持ちなんですよ。
加点、加点、加点、みたいな。
宴は「バスケットボール」に近い?

スポーツっていうのは、僕もすごく思ってて。
僕の中ではバスケットボールに近いんですよ。
野球とかサッカーみたいに、なかなか点が入らない競技じゃなくて。
バスケって、何十点、何十点ってスピーディーに点が入るじゃないですか。
ミヤコの宴も、瞬間瞬間で点が入る感じがある。
曲の中でも1小節とか、1拍とか、本当に一瞬の刹那に賭けてるところがあって。
メンバー同士でも、
「今のすごかったな」
「今、スリーポイント入ったな」
みたいなミラクルが起きる。
それがフロアにも伝わるし、今度はフロア側からも点が入ってくる。

誰と点を取り合ってるんですか(笑)。

そこはわからない(笑)。
でも、誰かが審査して「金賞です」みたいなものじゃなくて。
演者とお客さんの相互関係で、その日の競技が成立する。
そういうスポーツ性はあると思います。

誰かがミスった時も、チーム戦だから「じゃあ助けてあげよう」ってなるもんね。

もはや宴ですらなくて、試合になってきましたね(笑)。
「何をしてもいい」。ただし誰かを不快にしないこと

例えばボーカルが歌ってる時に、お客さんが一緒に歌うのはどうなの?みたいな話あるじゃないですか。
ぼけちゃんは、全然歌ってって思う。
すごく音痴で周りが不快になってたら「やめて」って言うかもしれないけど(笑)。
基本的には、誰かを不快にしなければ何をしてもいいのが宴なんですよ。
前で踊らなきゃいけないとか、コール&レスポンスしなきゃいけないとかもない。
10年以上ミヤコ民だけど、他のミヤコ民とは全然しゃべらない人もいます。
それでもいい。
内部の思想を統一していないのと同じで、ミヤコ民も自由でいい。
チケットを手にした瞬間から「宴」は始まっている

僕は、宴って本当は会場の入り口どころか、チケットを手にした瞬間から始まってると思うんです。
ライブハウスのある街の雰囲気とかも好きで。
例えば原宿だったら、原宿駅を降りて、竹下通りを歩いて、クレープ屋があって、その先にライブハウスがある。
遊びに来た一日の中に、ちゃんとライブハウスがある。
そういうのが好き。
昔の十三ファンダンゴもそうでした。
駅を降りた瞬間からちょっとディープな街があって、商店街の奥へ行って、独特の建物の中にライブハウスがある。

街そのものが会場の前室みたいな。

そうですね。
チケットを手にする。
会場へ向かう。
門をくぐる。
スタッフさんと接する。
そういうところも全部、宴に含めていいんじゃないかなって思います。
ミヤコ民自身が、本番までの時間を作っている

年々、それが強くなってる気がします。
最近のミヤコ民って、大きな宴の前になったら、
「みんなでお花を準備しよう」
「こういうサプライズしたらメンバーびっくりするんじゃない?」
って相談してくれてる。
宴の当日だけじゃなくて、本番の日までを一緒にワクワクしながら作ってくれているんです。
しかもすごいなと思うのが、13年くらいずっと一緒に歩いてくれてる人もいるのに、「自分は古参だから」とか、逆に「自分は新規だから」とか、あんまりないんですよ。

言わないね。

ぼけちゃんだったら絶対言っちゃうと思う(笑)。
ゲスト・もみじ。「昨日呼ばれて、今日ここにいます」

今日ちょうど、肩書きがよくわからない人がいるので(笑)。
自己紹介と、なんで今日ここにいるのかを。

旗振り担当のもみじです。

旗振り担当ね(笑)。

改めまして、アーティスト 兼 俳優 兼 虚構作家 兼 チマミレアトリエ管理人のもみじです。
今日いる理由は……なんでいるんやろ(笑)。
昨日ぼけちゃんから「明日インタビューあるから来てほしい」って言われて、「いいよ」って返事したら、今日ここにいました。

ウェルカム(笑)。

そういう人が本当に多くて。
普通だったら、
「明日こういうことがあって、こういう理由で来てほしいです」
「ちょっと考えます」
みたいになると思うんですけど。
今ぼけちゃんの周りにいる人って、「ぼけちゃんが必要って言うなら必要なんだろう」って来てくれる。
そのくらい信頼してくれている方が多い。
もみじ君は、その中でもかなり濃く関わってくれている。
外部であり、内部であり、でもやっぱり外部でもある。
そんな存在です。
メンバーが辞めたことが「誰とでも作れる」という自信になった

なぜ、メンバー以外の人たちと一緒に作品を作るようになったんですか?

始まりは、ちょっと悲しい始まりなんです。
ヒミツノミヤコは13年活動してきて、メンバーの入れ替わりがかなりありました。
オリジナルメンバーは、今はぼけちゃんだけ。
たくさんの人が辞めていった。
でも、その中でこたにゃんみたいにしっかり根付いてくれる正規メンバーができて、ぼけちゃん自身も、
「自分はもうブレないな」
っていう自信がついてきた。
それで思ったんです。
ヒミツノミヤコを作るのに、別に外の人が入ってきたって面白いんじゃないか。
これだけメンバーが変わっても、一度も活動休止も解散もせず、歩き続けてこられた。
だったら、誰と一緒に作ってもヒミツノミヤコとして面白いものを作れるんじゃないかって。
昔は、
「本当はこの人ともっと一緒に作品を作りたいけど、この人はヒミツノミヤコのメンバーじゃないから」
って、自分で勝手に線を引いてた時期もあったんです。
でも、
自分たちで国を作ろうとしてるのに、誰が決めたルールに縛られてるんだろう
って思い始めて。
そこから変わりました。
コラボではなく「同盟国」

「外部の人」っていう言い方も、わかりやすいから使うけど、ぼけちゃん自身はあんまりしっくり来てないんです。
外の人も、みんな自分の国を持っていることが多い。

国と国。

そう。
同盟国みたいな。

EUってことね(笑)。

逆に、ぼけちゃんがその作家さんの国へ遊びに行くこともある。
もみじ君が主催する舞台に出させてもらったり。
そこで得たものを、またヒミツノミヤコへ持って帰ってくる。
ヒミツノミヤコは自分にとって国なんですけど、同時に大きな広場でもあるんです。
いろんな人が入ってきて、出かけて、また帰ってくる。
作家さんだけじゃなくて、ミヤコ民だってそれぞれ自分の国を持ってると思う。
自分の生活、自分の仕事、自分の世界があって、その中からヒミツノミヤコへ遊びに来てくれる。
そういう感じですね。
衣装も、自分たちだけで完結させない


今着てる衣装も、プロの衣装屋さんに丸投げしたものではないんですよね?

まいちゃんのお友達の女の子がいて、その子が衣装を作ってくれました。
本業で衣装制作をしている人に発注した、という感じではなくて。
その子も自分の国を持っていて、ぼけちゃんが「こういう衣装にしたい」って相談して、一緒に作ってくれた。

血だらけ。バスケにしたら全員退場ですね(笑)。

全員退場だ(笑)。
もみじの血糊にも「ヒミツノミヤコ用の色」がある


これ面白いなと思うのが。
もみじ君は血糊アーティストなんですけど、自分の作品で使う血糊と、ヒミツノミヤコで使う血糊では、微妙に色が違うんです。

へえ!

これ、ぼけちゃんの中ではすごく大事なことで。
「コラボ」っていうと、作家さんが自分の色を100%持ってくることも多いと思うんです。
でもヒミツノミヤコでは、お互いに歩み寄る。
お互いに影響を受け合って、混ざった結果、新しいものになる。
今回、衣装についてる血糊にも意味があって。
ぼけちゃんの曲には「生きている命」っていうテーマがあるんです。
だからこの赤は、命が湧き出してる赤。
傷でもあるけど、生きている証なんです。
血って本来怖いじゃないですか。
もみじ君の国で使われてる全力の血糊を見た時は「怖っ!」って思いました(笑)。
「お前も血まみれじゃないか」って言われそうですけど。
でも、同じ血糊でも、ヒミツノミヤコに持ってくる時には意味や色が変わる。
そこが共同制作の面白いところです。
ヒミツノミヤコ100%を、120%まで持っていく

僕の場合、ぼけちゃんが思い描いているステージ像、宴像と、自分が俳優として「こういう空間がいい」と思っているものが、同じことが多いんです。
僕も舞台と客席が隔てられている感じがすごく嫌いで。
同じ空間にいるなら、その人たちも同じ物語の人間として関わってほしい。
ヒミツノミヤコもそういうスタンスだから、理解しやすいんですよね。
僕ができることをミヤコに持ち込む時も、「もみじとしてこれを見せたい」というより、それぞれの宴のコンセプトに沿って作る。
ヒミツノミヤコとして100%のものがあるなら、
101%、102%、110%、120%。
100を超えた部分を作っていくのが自分の仕事
だと思ってます。

もみじ君から「これやったら?」って提案された時、「それ思ってた!」ってなることがすごく多いんですよ。
意思疎通できるやつがいたんだ、って(笑)。
「自分の頭がおかしかったわけじゃないんだ」って思いました。

お互い狂ってるだけかもしれないですけどね(笑)。

同じ国出身で、別々の国を作ったのかもしれない(笑)。
グッズは「会えてない時も一緒にいられるもの」

宴は、その日、その時間、その場所でしか味わえないものですよね。
その一方で、グッズは家に持って帰ることができる。
ヒミツノミヤコにとって、グッズってどういうものですか?

会えてない時も、一緒にいられるもの。
例えば、ぼけちゃんのアクスタ。
Xで、ミヤコ民が毎日ご飯食べる時に、ぼけちゃんのアクスタを食卓に並べてくれてたりするんですよ。
それが嬉しい。
長く来てる人になると、1回の食卓にぼけちゃんが5人くらい並んでたりする(笑)。

ぼけちゃんばかり5人は怖い(笑)。

怖いけど、ぼけちゃんは嬉しい(笑)。
だから、自分が嬉しいものを売ってるのかもしれない。
あとは、グッズを見た時に、
「また会いに行こうかな」
って思い出してもらえるものがいいですね。
「今日楽しかった」を、形にして渡す

ZEAMI Goodsが製作した、激レアのヒミツノミヤコ カセットテープ『建国ノススメ』

僕は、買う側になった時に思うんですけど。
今って別にグッズ買わなくてもコンテンツは楽しめるじゃないですか。
音楽もネットで聴けるし、ライブへ行っても物販を買わずに帰れる。
でも、グッズを買うってコミュニケーションだと思うんです。
「今日よかったよ」
「感動したよ」
「好きだよ」
って口で言うこともできるし、後でSNSに書くこともできる。
でも缶バッジ1個でも買って、その300円、500円、1000円をアーティスト側へ渡すことで、
“今日、自分はこれだけ感動した”ということを形で渡せる。
グッズって、そういうアイテムでもあると思うんです。
だからミヤコでラインナップを考える時も、
「どういう商品なら、お客さんが思いを伝えやすいかな」
っていうことは考えてるかもしれないですね。
毎回必ず新商品が生まれる「セトリCD」
セトリCD。
その日の宴のセットリストを、事前にスタジオで一発録りして販売するというものだ。

これ思いついた時、「いろんなバンドにパクられるぞ」って思ってたんですけど。
誰にもパクられない(笑)。

これ発明品ですよ。

でも、一発録りだからね。
演奏力と歌唱力がないと作れないっていうハードルもある。

普通に曲中ミスってますけどね。
「あーー!」とか入ってる(笑)。

ファンからしたら、そのミスもご褒美でしょうね。

そもそも始めた理由が、全通してくれてるお客さんがいるからなんです。
全部の宴に来てくれてたら、新グッズのスピードが追いつかない。
買えるものがなくなる。
でも、「今日も楽しかったよ」という気持ちで何か買おうとしてくれてるのがわかる瞬間があって。
そういう時に新しいものがないと、
「ごめん!」
って思うんですよ。
セトリCDがあったら、毎回強制的に新商品ができる。
お客さんも「今日どれ買おう」じゃなくて、無条件にその日のセトリCDを買える。
しかも思い出にもなる。
そこから生まれました。
初期のセトリ音源は、iPhoneのボイスメモだった

最初の頃なんか、iPhoneのボイスメモで録ってましたからね。
音もジャキジャキで。
しかも、当時は私たちも今ほど上手くなかったから、すごい仕上がり(笑)。
最初のやつなんて、ルーズリーフをちぎって半分に折っただけみたいな紙に入ってる。
「嘘でしょ」ってクオリティ(笑)。
でも、それを今も持ってる人がいるんですよ。
そして今も来てくれてる。
だから、
「ちゃんとしたパッケージになったな」
「成長したな」
って感じてもらえてると思う。
グッズそのものが、ヒミツノミヤコの成長記録にもなっている。
ひまわりまいが、アイドルの国からミヤコへ人を連れてくる


まいちゃんは最近、ソロ活動もかなり増えてますよね。

今年の4月末までは関東にいて、大阪に引っ越してきたのが4月末。
5月の半ばくらいから、大阪でソロ活動をかなり増やしました。
理由としては、自分の認知度を上げることと、ヒミツノミヤコを知ってもらうことです。
ぼけちゃんって、作家さんたちの国へ行ったり、弾き語りのライブハウスへ行ったりして、そこからミヤコを知ってもらってるじゃないですか。
でも私は、同じことはすぐにはできない。
その代わり、もともとアイドルをしていた経験がある。
だったら、自分はアイドルの界隈からヒミツノミヤコを広げようと思ったんです。
今でもアイドルのライブに出ると、
「ぼけちゃん知ってる」
「ヒミツノミヤコも知ってる」
「君いつからメンバーになったの?」
って言われることがあるんですよ(笑)。
それが正直ちょっと悔しくて。
だから、自分も知ってもらって、そこからヒミツノミヤコを知ってもらえたらいいなって。
最近は週に1回は絶対、だいたい週2回くらいライブしています。
今は特に、クアトロワンマンに向けてソロ活動している感覚です。
ホイップデコの話から、まさかの新事実が発覚

最近、ホイップデコも作り始めました。
自分が推し活が好きで、自分の推しを入れたくて作り始めたんです。
それを見たミヤコ民の方から、
「誰々のイメージで作ってほしい」
って言ってもらうようになって。
その時に、
「あ、自分もものづくりできるのかも」
って初めて思いました。

あとパン作りもです。

はい! パン!!

パン? 食べ物のパン?

食べ物のパンです(笑)。
ところが、ここで本人の口から意外な事実が飛び出した。

実は私、小さい頃の夢がパン屋さんだったんです。

パン屋さん!?

新事実!!
長く一緒に活動しているメンバーがいる前で、まさかの「幼少期の夢・パン屋さん」初告白。
今回のインタビューは、ヒミツノミヤコの制作論を聞くはずだったが、思わぬところでひとつの新事実を掘り当てることになった。

一番最初はケーキ屋さんだったりもしたんですけど、パン屋さんをやりたいってずっと思ってたんですよ。
他にも、テーマパークのキャストさんだったり、アイドルだったり。
アイドルも一応、小学生の頃からの夢だったんです。
今のところ、その頃にやりたかったことを結構叶えてるんですよね。

パン屋さんやりたかったの!?

やりたかったよ(笑)。

まいのパン屋が建つかもしれない!
楽しみ!!
そんな野望があったの!?
インタビューというものは、用意された経歴を確認するだけではない。
話している本人自身も忘れていたつながりが見えたり、近くにいる仲間さえ知らなかった過去が突然出てきたりする。
「パンを作っている」という現在の活動から、「子どもの頃はパン屋さんになりたかった」という過去へ。
そして、まい自身が語った「昔やりたかったことを、今ひとつずつ叶えている」という言葉までつながった。
何気ないパンの話が、ひまわりまいという人を理解する小さな鍵になった。
「音楽をやりながらパン屋さんをやっちゃダメ」なんて、この国にはない

ミヤコって、別に音楽をやりながらパン屋さんをやっちゃダメとか、ないじゃないですか。
アイドル活動もそうだし、ホイップデコもそう。
いろんなことができるから楽しいなと思ってます。
思わぬところで、新しくヒミツノミヤコに出会ってくれる人が増えたらいいなって。

端から見てると、まいちゃんの活動って、
「それ何の意味あるの?」
って思われるものもあると思うんですよ。
正直ね。
でも、それってぼけちゃんだったら絶対取らない選択肢だったり、できないことなんです。
だから数年後のまいちゃんは、
「なんの意味があるのって思っててごめん」
って言わせるくらいの力があると思ってます。
「チームは拠点であって、縛りではない」
という言葉にもそのまま重なる。
アイドルをしてもいい。
ホイップデコを作ってもいい。
パンを焼いてもいい。
そして、いつか本当にパン屋を作ってもいい。
ヒミツノミヤコという国に所属することは、できることを限定することではない。
それぞれが自分の国を広げ、その経験をまたミヤコへ持ち帰ってくる。
心斎橋に作った「アートに触れるための罠」
2026年4月、心斎橋に「アートに触れるカラオケスナック ひみつのぽっぽっぽ堂」を始めた。

ぼけちゃん、その作家さんたちと一緒に作品を作るようになる前は、この街にこんなにギャラリーがあることも知らなかったんです。
そもそも作家さんがこんなにたくさんいることも知らなかった。
一人の作家さんと出会って、そこからどんどん広がっていって。
普段通ってる雑居ビルの中にギャラリーがあったりする。
「こんなところにギャラリーあったんだ!」
って。
その瞬間、めちゃくちゃワクワクするんですよ。
で、たぶんここまで読んでたら、
「こいつ、ミヤコ民のことすごく好きだな」
って伝わってると思うんですけど(笑)。
ぼけちゃん、その楽しさをミヤコ民が知らないのが嫌だなって思ったんです。
「ぼけちゃんのお店だから」で来た人を、アートに出会わせたい

音楽とかアイドルが好きなミヤコ民が、どうしたらそれ以外のアートにも触れてくれるんだろう。
ずっと考えてました。
ぼけちゃん自身がグループ展に参加したりもしたんですけど、それだけでは自分が思い描いているレベルまで届かない。
だったら自分のお店があれば、
「ぼけちゃんのお店だから」
って理由でふらっと来てくれたミヤコ民が、気づいたら知らなかった作家さんを知っている。
「絵とかアートって、こんなに気軽に触れていいんだ」
って思ってもらえる。
そういう入り口になるんじゃないかと思ったんです。
だから、ぼけちゃんにとっては罠みたいなもの(笑)。
街の中に、罠をひとつ仕掛けてる。
出会ってしまったら、きっと楽しくなるから。
「ぽ堂民」という、また別の国民まで生まれた
展示企画も毎月行われる。

最近、「ぽ堂民」っていう名前までできたんですよ。
最初、お客さんのこと全部「ミヤコ民」って言ってたんですけど、
「あ、この人はミヤコ民ではないな」
って途中で気づいて(笑)。
もちろん兼任してる人も多いですけど、「純粋なぽ堂民」もいる。
若い女の子もいるし、おじいさんもいるし。
趣味も年齢もバラバラ。
でも、ぽ堂に来ると、
「おー! 久しぶり!」
「昨日も会ったじゃん!」
みたいな会話してる(笑)。
最後に、
「みんな、また明日」
って言って帰る。
そういう場所です。
10月26日、梅田クラブクアトロへ
2026年10月26日、梅田クラブクアトロ。
大きなライブハウスであるクアトロは、ヒミツノミヤコにとって3回目となる挑戦だ。

今回は、ヒミツノミヤコの大好きな先輩バンドマン、ザ・キャプテンズの傷彦様。
そして今年大阪で出会った音楽仲間のODMR(オドミル)のメンバー全員。
さらに血糊アーティストのもみじさんを客演として迎えます。
ミヤコのメンバーだけではなく、このチーム全員で、2時間強の音楽劇を作っています。
歌と寸劇で織りなす、ノンフィクション冒険活劇です。
今回も会場には、多くの作家さんのアート作品を展示します。
音楽劇「ぼけちゃんと狂奏のスカーローズ伯爵」
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1年に2本の音楽劇を作る、初めての年

ヒミツノミヤコは毎年6月に、周年を祝うワンマン宴をやってきました。
今年も6月に『西遊記』っていう音楽劇をやって、ぼけちゃんが孫悟空になって。

名演だったな。
我ながらハマり役だった。

今年は6月だけじゃなくて、10月にも大きな挑戦をする。
1年に2本の音楽劇を作るのは、僕たちにとって新しい挑戦です。
半年以上ずっと、このワンマン宴に向き合い続けてます。
今、このインタビューの時点でも、準備が佳境。
アップアップしてます(笑)。
完全オリジナル。テーマは「音楽」と「ヴァンパイア」

シナリオというか、台本はもうできたんですか?

できた!!!
今回、自信ありますね。
前回の西遊記よりも自信あるというか。
ぼけちゃん好み(笑)。

今回は西遊記みたいな既存作品ベースではない?

完全オリジナルです。
去年が『心海の歌姫』っていう人魚姫をテーマにした作品。
今年6月が『西遊記』。
2本続けて原作があるものに挑戦したんですけど、今回はむしろ原点に戻ってきた感じです。
テーマは、音楽とヴァンパイア。
脚本はぼけちゃんが書いてます。
最初の頃より、年々脚本を褒めてもらえることも増えてきて。
最近は台本自体も販売しています。
クアトロを成功させるために、新しいアルバムが必要だった
普通なら、「曲ができたからアルバムにする」という順番を想像する。
しかし、今回のヒミツノミヤコは逆だった。

去年、僕たちアルバム2枚出したんですよ。
ちゃんとフィジカルCDで。
しかも12月に出した方は2枚組だったので、ディスク枚数で言えば1年で3枚(笑)。

今の時代にすごいですよね。

だから、もう出し切った感じだったんです。
「しばらくアルバムはいいだろう」
って思ってた。
でも、同じくらいの時期に梅田クラブクアトロへ挑戦しようとなった時に。
アーティストにとって、作品が出る時って一番活気づく瞬間じゃないですか。
そのピークと、
「クアトロに挑戦する」
っていうピークを重ねずに、どうやってクアトロを成功させるんだろう、って。
イメージが湧かなかったんです。
だから、
「クアトロを成功させるためには、アルバムが必要だ」
っていう順番で、アルバムを作ることになりました。
その段階で、収録予定曲は1曲もできてませんでした。
怖かった(笑)。
4月、まだ曲はゼロだった

それ、何月の話ですか?

4月くらい。

リリースまで半年しかない(笑)。

そうなんですよ。
レーベル側とも相談して、
「シングルを刻んで出していきましょう」
ってなって。
「最初の曲、いつまでに渡したらいいですか?」
って聞いたら、
「6月中旬です」
って言われて。
涙出そうでした。
嘘だろ、って(笑)。
キャプテン・チャビとも相談して、「みんな何曲作る?」って。
そしたらチャビが、
「僕、1曲は絶対出します」
って。
まだヒミツノミヤコ名義でキャプテン・チャビ作曲の曲って出てなかったんで、これはいい機会だなと。
で、ぼけちゃんが、
「私は台本頑張りたいから、曲はみんなで頑張って」
って。

逃げた(笑)。

「おい!」って(笑)。
でも歌詞は書いてくれるっていうから、
「じゃあ俺、残り5曲書くよ」
って言って。
見事に5曲書きました。
「創作意欲が湧いたから」ではなく、自分たちで湧き起こした

これ、自画自賛になるからあれですけど。
こたにゃん、すごいなと思いました。
カスみたいな曲が1曲もない。
今までのアルバムって、コンセプトが先にあったんです。
「こういうアルバムを作りたい」
っていう創作意欲からスタートしてた。
でも今回は、
「クアトロを成功させるためにアルバムが必要」
から始まってる。
創作意欲が湧き出たからできたんじゃなくて、自分たちで湧き起こすしかなかったんですよ。
ぼけちゃんは作曲は無理だなと思って逃げたんですけど(笑)。
でも逃げても作ってくれるという信頼があるから逃げられる。
そして、その信頼以上にいい曲が上がってきた。
だから、
「これは頑張って作詞しなきゃ」
ってなりました。
すごくいい作品になったと思います。

笑女歌劇団ヒミツノミヤコ
mini album
「もっと闘え!もっと燃やせ!もっとヒミツノミヤコ!-ネバールックバック!-」
2026年10月21日(水)
会場/通販限定発売
サブスク配信開始
全6曲+ボーナストラック2曲収録
ミンミンニャンニャンレコード/ZENPROJECT
[収録曲]
1.わたしのためのカーテンコール
2.まなざしはメモリー
3.生ける屍の舞踊女神-リビングデッド•テレプシコーレ-
4.アバケバケダブラ
5.哀隣クライフェイト
6.夢は陽炎
7.ヒョッコリ!スパイダーレスキュー(motto mix)[bonus track]
8.汽笛(motto mix)[bonus track]
❤️🔥解禁❤️🔥#笑女歌劇団ヒミツノミヤコ
— 笑女歌劇団️❤️🔥ヒミツノミヤコ️ (@MenheraPop385) 2026年9月22日
mini album
───────
/
もっと闘え❗️
もっと燃やせ❗️
もっとヒミツノミヤコ❗️
-ネバールックバック!-
\
2026.10.21 発売
全8曲収録
───────
🔥レコ発🔥#ヒミツノミヤコワンマン宴2026
10/26(月)梅田クアトロ
イラストbyすがはら ゆうた pic.twitter.com/T79fF5H3qt
「5分の音楽には、もっといろんなものを詰め込める」
横山がその変化について聞くと、こたにゃんは少し意外な言葉を口にした。

パンクスっすね。

私の考えと全然違う(笑)。
国の意思統一ができてない(笑)。

いや、でも僕は音楽を作る人間として、ちょっと怒ってるところがあって。
もっと1曲1曲にストーリーがあっていい。
もっと背景があっていい。
1曲5分っていう時間で、音楽ってもっと感動できると思うんです。
僕は、5分の曲を4回繰り返して聴いて、4回目にじんわり一粒涙を流すタイプの音楽ファンなんですよ。
だから流行っているものにそのまま乗るというより、
「もっとこういう聴き方もできるはず」
っていうアンチテーゼは常に持ってます。
噛んでも噛んでも、まだ味がする音楽

しっかり噛んで、まだ味がする。
もう一回噛んだら、また違う味がする。
噛む場所を変えたら、
「うわ、まだ違う味する」
ってなる。
日を置いて聴いたら、また違う。
5分の音楽には、それだけの可能性があるはずなんですよ。
前作『建国ノススメ』は激しい曲が多くて。
ぼけちゃんってパフォーマンスも主張も荒々しいところがあるので、そういう曲がすごく合う。
でも今回は、曲調自体は一聴するとマイルドで懐かしい。
そこに、本当なら5分では詰めきれないくらいのメッセージを入れていく。
それが今回の挑戦ですね。
前作『建国ノススメ』を10曲通して聴いた後に、今回の作品を聴いてもらうと、すごくいいと思います。

繋がってる!

すごく繋がってます。
▶ アルバム収録曲「まなざしはメモリー」
初めての人にも、13年来のミヤコ民にも「初めて」の物語
まだヒミツノミヤコを一度も見たことがない人へ、メッセージをお願いした。

……今、すごく怖い言葉が出てきた。

聞きたい。
ちっちゃい声で聞かせて(笑)。

初めての人の人生の責任を取るので、来てください。

重い!(笑)

絶対に楽しくなる自信があります。
ぼけちゃんに出会ってくれたら、絶対に人生がもっと楽しくなると思うんですよね。
「素晴らしいステージだから見てほしい」
というより、
会いに来てほしい。
ぼけちゃんに会ったら、芋づる式にぼけちゃんくらい面白い人、ぼけちゃん以上に面白い人たちにも出会わせることができる。
逃げられない限り、それをすると思う(笑)。
だから人生変わるんじゃないかなって。
責任取らせて、っていう感じです。
「推しには遺書を書いておいてほしい」

ぼけちゃん、推しって言ってくれる人には、あらかじめ遺書を書いといてほしいって言ってます。

(笑)。

もしその人が死んだ時に、ぼけちゃんに連絡が来るようにしてほしい。
バンドマンとファンの関係だけだったら、
「あの人最近来なくなったな」
で終わるかもしれない。
でも、本当は死んでるかもしれないじゃないですか。
ぼけちゃんが死んだら、たぶん公式から「ぼけちゃん死にました」って出ると思うけど、普通の人には公式がない。
だから、一度ある程度の濃度でつながった人が、理由もわからず突然いなくなるのが嫌なんです。
それくらい重たい(笑)。

重たいですね。

重たいのが好きな人はぜひ(笑)。
でも、軽い気持ちで来てくれて全然いいです。

どっちやねん(笑)。

軽い気持ちで来ても楽しめる。
ただ、気づいたらその人の方も重たい感情を持ってるかもしれない(笑)。
曲を知らなくても、全員が初見になれる

普通のロックバンドの場合、
「曲知らないからライブ行っても楽しめないかも」
っていう不安がある人もいると思うんですよ。
でもヒミツノミヤコの音楽劇って、昔からのファンにとっても初めて見る新作ですよね。
だから10年以上のファンも、初めて来た人も、物語に対しては全員初見なんじゃないですか?

めちゃくちゃ言ってくれてる!
それだ!
それだ!!!
「人生の責任取らせて」じゃないな(笑)。
責任は取るけど(笑)。
本当にそうです。
「ものを作っている途中は、楽しいより辛い」

今はもう稽古も始まってるんですか?

始まってます。
辛い。

辛い!?(笑)

ものを作ってる途中は、辛いです。
楽しいより、ぼけちゃんは「辛い」が多いかもしれない。
ワクワクもするけど。
準備嫌いなんですよ。
練習も嫌い(笑)。
やるけど。

でも、そこまで作り込んで、当日の2時間、3時間に全部出し切る。

そうです。
なぜヒミツノミヤコの音楽劇は、1回しか上演しないのか

これ、ひとつこだわりがあって。
ワンマンを見てくれた人から、
「規模がもっと大きくなったら、2公演、3公演やれたらいいね」
って言ってもらうことがあるんです。
もちろん、いい意味で言ってくれてる。
でも、ぼけちゃんの中ではちょっと違うんです。
規模の問題で1公演しかやってないわけじゃない。
こたにゃんが「ノンフィクション冒険活劇」って言ってたと思うんですけど。
台本があるので、物語としてはフィクションなんですよ。
でも、そこに書いていることは、ぼけちゃんが実際に感じていることとか、日々起こっていることをファンタジーに脚色している。
日常があって、その先に「映画」としてのワンマンがある

例えば、ぽっぽっぽ堂で過ごしている日々とか、普段のイベントがアニメでいう“日常回”だとしたら。
ワンマン宴は、映画なんです。
冒険編。
日々の延長にある、特別な物語。
それを2公演、3公演と繰り返してしまうと、ぼけちゃんの中では急に「フィクション」になっちゃうんですよ。
一回目のその瞬間に、本当に感じたものがある。
だから、
フィクションとノンフィクションの間にしたい。
そのこだわりがあるから、1公演。
再演もしない。
一瞬で終わります。
だから、見に来てほしいですね。
ヒミツノミヤコ 公式サイト・SNS
ぼけちゃん
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ひまわりまい
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こたにゃん
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キャプテンチャビ
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もみじ
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ひみつのぽっぽっぽ堂
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ZEAMI Goodsより
ヒミツノミヤコの話を聞いていると、「クリエイター」という言葉の範囲がどんどん広がっていきます。
音楽を作る。
歌詞を書く。
脚本を書く。
芝居をする。
衣装を作る。
血糊で命を描く。
グッズを作る。
パンを焼く。
店を作る。
人が出会う場所を作る。
そして、自分たちだけですべてを完成させようとはしない。
絵描き、役者、アーティスト、スタッフ、ミヤコ民。
それぞれが自分の“国”を持ったまま、ヒミツノミヤコという広場に集まり、影響し合い、一つの宴を作る。
誰かの個性を消して統一するのではなく、違うものが違うまま混ざること自体を、創作の力に変えている。
インタビュー中に、長く一緒に活動するメンバーすら知らなかった「ひまわりまい、実はパン屋さん志望だった」という事実まで飛び出したことも、どこかヒミツノミヤコらしく感じます。
この国では、まだ誰も知らない誰かの一面が、そのまま次の物語の入口になる。
そしてグッズについて語られた二つの言葉も印象的でした。
ぼけちゃんの、
「会えていない時も、一緒にいられるもの」
という言葉。
そしてこたにゃんの、
「今日楽しかった、という気持ちを形にして渡すもの」
という言葉。
宴が終われば、舞台装置は撤去される。
衣装を脱ぎ、客席の照明がつき、それぞれが自分の生活へ戻っていく。
でも、アクスタや缶バッジ、CDのようなグッズは、そのあとも生活の中に残り続ける。
ヒミツノミヤコにとってグッズとは、宴の外側にある商品ではなく、宴が終わった後も、その人の暮らしの中で物語を続けてくれるものなのだと思います。
2026年10月26日、梅田クラブクアトロ。
音楽。
芝居。
衣装。
アート。
血糊。
グッズ。
そして、その場に集まる人たち。
ヒミツノミヤコのメンバーだけでは完成しない「宴」が、この日またひとつ生まれます。
しかも、その物語は一度きり。
再演されません。
13年間歩き続けてきたミヤコ民にも、この日初めてヒミツノミヤコと出会う人にも、同じように初めて開かれる物語です。
「初めての人の人生の責任を取るので、来てください」
笑いながらそう言ったぼけちゃん。
少々――いや、かなり重たい言葉です。
でも、この長いインタビューを終えてみると、それはヒミツノミヤコという集団をとても端的に表しているようにも感じました。
作品を見てほしいだけではない。
曲を聴いてほしいだけでもない。
"出会って、その先まで一緒に面白くなりたい。"
ヒミツノミヤコが13年かけて作っている“国”とは、もしかすると、そういう場所なのかもしれません。


